往相回向 還相回向

彼岸花

彼岸花

昨年の4月に夫をすい臓がんで亡くしました。闘病3か月、55歳でした。
発見時にはすでに末期で、本人も家族もあまりにも急なことで戸惑いの中あっという間に亡くなりました。最期は激痛を緩和させるために麻酔で眠らせた中逝ったのですが、その瞬間は仮眠をとってて気づかず、ちゃんとした会話もできず。

1周忌を迎えるのにその後も後悔することだらけで、引っ越しのどさくさで大事な形見の腕時計を無くしてしまったり、情けない限りです。

未だに夢にも現れず(鈍感で気づかないのかはわかりませんが)、夫は本当に安らかにいるのかどうか、まだ病院や前の住まいに迷っていないでほしいとか、仏壇に手を合わせて祈りますが、法事でお願いしているお坊様は自分の願いを言ってはいけないとおっしゃいます。こういう気持ちはどうしたらよいのでしょう。
 
供養 女性/ぽんた/神奈川県/50歳代

そろそろお彼岸です。
大切な方を亡くされ、お墓参りにお出かけされる方も多かろうと思います。

(私が)お墓に行って、
(私が)手をあわせて、
(私が)亡き方のことを願う。(思う。)

私達人間はどうしても自分中心のものごとの考え方をします。

ただ少し視点を変えますと、

(大切な亡き方によって)私がお墓に導かれて、
(大切な亡き方によって)手をあわす身とならせていただいている。

とも言えるわけです。そう味わいますと、

(私が)亡き方を願っていたのと同じように、
(大切な亡き方)に願われていた(思われていた)身だった、

と気がつかせていただけます。

仕事柄、お彼岸中には長野には戻れませんが、
彼岸開けにでも長野に帰り、
亡くなった母を思い、お墓参りしてこようと思います。

母は亡くなりましたが、私の中には、
まだまだ母が生きています。

しっかり生きねば。

お坊さんの回答はこちらです。


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