門徒ものしらず

以前お参りで、とあるお宅にお伺いしたときのこと。
そのお宅の奥さんに、お仏壇のお荘厳について色々質問されました。
そして、無事質問に答え終わった後、奥さんがぼそっとこんなことを言われました。

私、こういうこと、何にも知らなくて・・・。
本当に私「門徒ものしらず」ですみませんでした・・・。
ありがとうございました・・・。

 

「門徒ものしらず」という言葉は、
他宗から浄土真宗を批判する言葉として使われることが多いみたいです。

そして浄土真宗では、その批判に対し、

本当は浄土真宗では「門徒もの”忌み”しらず」なんです。
いつの間にか「忌(い)み」が抜けてしまって、
本来の意味とは違う意味になってしまってるんです。

浄土真宗では、迷信や「日」や「方角」などの吉凶にとらわれることのない生活をお勧めしているんですよ。

という反論をしている立場なんですが・・・、

でも個人的には、こんな苦しい!?反論、する必要ないんじゃないかな、なんて思います。

むしろ、「門徒ものしらず」と言われたら、褒め言葉として受け取って、「ありがとう!」と返せばいいんじゃないかと思います。

私はものごとを知っているぞ、という人。
私はものごとを知りません、という人。

どちらの人が、本当に「ものごとを知っている人」なんでしょう・・・。

 

この奥さんの「門徒ものしらず」の使い方は、
浄土真宗の教義的に言えば、おそらく間違いなんだと思います。
でも、すごく尊いことだと思います。

僧侶こそ、「門徒以上にものしらず」であるべきだな、なんて思う今日この頃です。

 

彼岸過ぎに咲いた「彼岸花」

彼岸過ぎに咲いた「彼岸花」※写真と本文は全く関係ありません


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